うさぎの時代庵

時代小説、時代劇の作品感想を書いています。司馬遼太郎、海音寺潮五郎作品が大好き。新選組、幕末物が大好き。

「天主信長 我こそ天下なり」上田秀人 講談社

まったく新しい視点から本能寺の変を描いた作品。

なぜ、明智光秀は本能寺で信長を殺したのか?

なぜ、秀吉が信長の後継者となりえたのか?

なぜ、信長はキリスト教布教を許したのか?

なぜ、信長の遺体が見つからないのか?

 

本能寺にまつわる様々なナゾに対して全て答えることができるストーリーを、上田さんは創り上げました。そう、きたか!という感じです。キリスト教のことを多少知っていて、でもキリスト教信者ではない私みたいな人間には、すごく納得しやすい、わかりやすい、謎解きでした。

 

そして私の好きな竹中半兵衛が、前半の主人公なのも面白かったです。信長と、秀吉のことをいろいろと考える、いわば狂言回しの約が半兵衛さんで、信長も半兵衛にはやさしい。しかし、半兵衛さんは信長の本当の野望や、秀吉の限界を心配しながらも、若くして病で逝ってしまいます。

 

半兵衛さんが後を託したのは、黒田官兵衛。しかし、官兵衛には自分の息子を信長と秀吉に殺されそうになった深い恨みがあったのです。本の後半は、この官兵衛を狂言回しにして話が進んでいきます。

 

(注意!!)ここから多くのネタバレ含みます!!

 

信長が天下統一を目指していたのは周知の事実だけれど、その「天下」とは日本だけではなく、世界だったのです。信長はキリスト教布教にきていた人達からキリスト教の根幹と、世界のしくみについて知識を吸収し、キリスト教が多くの人達の信仰を集めているポイントに気づいたのです。そう、それは、イエス・キリストの復活。人類の罪を一身に背負い、十字架に掛けられ一度死んだが、3日後に復活。その復活こそ、神の子である証拠であり、だからこそキリスト教がここまで信者が拡大している。信長はそこに気づき、自分も復活して神になり、日本どころか海外のキリスト教国すべてを支配しようと思うのです。そのために明智光秀に本能寺で自分を殺させるとみせ、実はこっそり天王山に隠れていて、3日後に復活、神として降臨する。それを目指して、光秀、秀吉、官兵衛に綿密な計画実施を命じたのです。信長はこんなことを言っちゃっています。

 

しかし、信長のとほうもない野望に対する反応は三者三様。もちろん、一応「わかりました」という態度なのだけど、秀吉と官兵衛は、この計画が実現した後、自分たちは秘密保持のために殺されると気づくのです。

光秀さんはこの本では信長ラブ!なので、信長の言うとおりに忠実に計画を運ぼうとするのですが・・・。秀吉と官兵衛は、信長の野望を逆に利用し、自分たちで天下を取ってしまうわけです。

でも、今度は、秀吉と官兵衛の間で疑心暗鬼が。官兵衛があれほど秀吉の天下取りに貢献しながら、少ない石高で、九州の僻地の大名で終わったのか。その秘密もここにあったのです・・・。

 

すごく、よくできたストーリーですよね。表側は史実どおりにして、裏ではこういうことが行われていました、という、上田さんのからくりなのです。時代小説評論家の縄田一男さんが上田さんのこの作品を「新しい視点を提供した」と評していました。まさに、織田信長の最期についての全く新しい視点です。

 

ただ惜しいのは・・・この本を読んでいると、キリスト教の知識がある程度ある人なら、3分の1くらい読んだところで、わかっちゃうのですよねえ、信長がキリストのまねして、復活を目指そうとしていたってことが。上田さん、もう少し、途中のヒントが少なくてもよかったような気がします・・・。

 

 

「歳月」司馬遼太郎 講談社文庫

私はこの「歳月」というタイトルが好きです。「時世」といいかえてもいいかもしれない。この本の主人公は、江藤新平明治維新政府の司法卿であり、佐賀の乱を起こしてあっけなく敗死してしまった方の生涯を描いた作品。

 

江藤さんという人は卓越した秀才であり(幕末の佐賀藩藩士を秀才教育していた)、おそらく当時の日本では右に出るものがいないほど西欧の法制度に通じており、維新直後の司法制度はこの江藤さんが考えて作ったものでした。そのまま長生きしていれば、明治政府の行方も、もしかしたら西南戦争を起こした西郷さんの趨勢も変わっていたかもしれない・・・。

 

江藤さんは、秀才型ですから、戦争の将のタイプではなく、佐賀で乱をあげようなどと最初は思っていなかったらしい。しかし、当時、西郷隆盛さんの唱える征韓論に賛同して司法卿をやめ野に下ってしまった。一時的に下るだけだと、江藤さんは思っていたと思う。江藤さんとしては、内務卿の大久保利通と対立していた、意見が異なっていたということで野にくだり、佐賀に帰国したら、佐賀の武士たちの間に渦巻いていた不満エネルギーの渦に巻き込まれ、戦いが勃発してしまった、ということなのです。

あれだけ頭がきれる江藤さんにしては、戦争の計画とか準備がほとんどなかった。江藤さんは、江藤さんで、信義は、正義は、自分にある、と信じていたのでした。それが、大久保利通によって、ほとんど密室裁判で、すぐに死刑にされてしまった。刑に臨んで、叫んだ言葉がこの言葉。

江藤さん、不本意だったろうなあ・・・。まだまだ、やり残したこと、自分にできると思っていたことがあったろうなあと思います。

この本の中で大久保利通のコワサ、キツサは際だっています。大久保さんには大久保さんなりの真実と信念があったと思うけれど。でも、やっぱり、西郷隆盛とは対照的なキャラですよねえ。

 

佐賀藩士の中でも身分が低く生まれたけれど、秀才ぶりと勤皇で、明治維新で地位を得て、自らの理想とする法制度を築くべく邁進し、栄光の座に一時ついた江藤さん。しかし、時世としかいいようのないアンチ明治維新政府のエネルギーに巻き込まれてこの世から去ることになってしまいました。江藤さんの人生は本当に数奇とかいいようもない、ボラタイルな人生だったのです。それが「歳月」というタイトルに表れています。

 

江藤さんの人生を通じて、大久保利通の他に、板垣退助とか林有造とか、桐野利秋とか、西郷隆盛さんとか、いろいろな幕末維新の登場人物がでてきます。そういう人達の悲喜・葛藤を追いつつ、西南戦争を描いた「翔ぶが如く」につながっていくのです。

 

「異説幕末伝」 柴田錬三郎 講談社文庫

柴田さんは痛快でちょっとニヒルな時代小説を書かれますね。けっこうエログロナンセンスみたいなシーンも描くけれど、女性への永遠の憧れみたいなものを隠しつつ、という感じがいいです。

歴史の王道を歩く人物ではなく、クールに時代に背を向けて生きる主人公を多く描いています。眠狂四郎はその典型。

この短編集も、ちょっと時代の主流から外れた人たちを描いた物語で、テーマを幕末にとっております。等々呂木神仙なるおじいさんが語る幕末史の秘話という形を取っているのですが、そこはやっぱりシバレンなので、けっこうエロっぽい話もちらほら(笑)。でも、最後には感動の涙が出てきます。私もこの本を読んで何回も泣きました。

 

会津白虎隊」「水戸天狗党」「異変桜田門」「上野彰義隊」「大和天誅組」など、様々な短編が10編含まれていますが、私の一番のオススメは二つ。「純情薩摩隼人」と「函館五稜郭」です。

 

「函館五稜郭」は榎本武揚にまつわるエピソードなのですが。このお話のハイライトは最後の最後。主人公の佐々木十次郎が榎本へ語るセリフ4行が、もう。感動の嵐。「榎本閣下、私が、こうして、お待ちしていたわけがおわかりになりませんか。・・・」この後、佐々木は次の時代を託すに足ると思った榎本に重大な秘密を告白するのです・・・。

 

そして「純情薩摩隼人」は中村半次郎桐野利秋を描いたもの。桐野利秋ファンの私としましては、そりゃあシバレン版半次郎のこのお話を十分楽しませていただきました。

でもこれは桐野と西郷どんとか、桐野の最後とか、西南戦争とか、そういうお話ではないのです。桐野が半次郎と呼ばれていた時代、生涯の伴侶と定めた愛しい女性がいました。しかし彼女は若くして死んでしまいました。それから半次郎どんの女性遍歴が始まりますが、女達にはやさしかったが、決して心底愛しはしなかったのです。彼の心の中に住んでいた女性はただ一人・・・という、桐野利秋の愛の物語なのです。

史実とは違うだろうけど、こうであったら素適だなあというお話。ここらへんが柴田さんのロマンチストらしさが出ているところだと思います。

実際、桐野さんは女性にもててもててしょうがなかったらしい。外見も格好よかったし、立ち居振る舞いが颯爽としていて、桐野さんが来ると、他の座敷の芸者たちまで集まってきちゃったらしい。

西郷隆盛さんが桐野さんが女にもてまくる、女と遊びすぎる、という同僚の批判に対して語った言葉がこれ。(小説の中で、ですが。事実でもそんな感じだったのではないだろうか。)

そんな桐野さんの一生を、一人の女性への愛という視点から描いたお話。この短編集の最後を飾りますが、それにふさわしい美しいお話です。

 

「新撰組捕物帖 源さんの事件簿」秋山香乃 河出書房新社

面白かったです!秋山さんの新選組モノでは私はこの本が一番好きです。

 

通常、新選組ものでは主役にならない井上源三郎さんが主役で、しかも「捕物帖」ですから、探偵チックなのです。

 

新選組の歴史を時間をおって書いていくのではなく、源さんの京での日常の中でミステリーを解いていくうちに、新選組の様子や登場人物が描かれていくという、ちょっと面白い構成。これが効いてます。

 

そして新選組のおなじみの登場人物たちがイキイキとイメージできて、こういう書き方もあるのだなあと感心しました。裏側から見ているっていう感じなのですよね。裏から光をあてて影絵のようになった土方歳三さまや近藤勇沖田総司を描き出している。「垣間見える土方歳三様」っていうのが、なかなかいいのですよねえ。

 

それからストーリーのつなぎ方がうまいです。最初と最後がぐっとつながっていて、時代の流れも感じさせます。

 

章としては、

第一章 仇討

第二章 二人総司

第三章 新撰組恋騒動

第四章 怨めしや

第五章 源さんの形見

 

と成っているのですが、「二人総司」では、沖田総司の本性みたいなものが描かれていて面白かったです。「新撰組恋騒動」では土方歳三様が女に惚れた??ということで沖田総司たちがどの女だと探ろうとするのですが、実は・・・というお話。

 

どのお話も、土方歳三様と沖田総司くんの仲のよさがよく描かれていて、読んでいて楽しいです。総司くんな歳三様にこう言っています。

 

それに秋山さんのお気に入り新選組キャラと思われる斉藤一も健在。「おんや」とクールに声をかける得体の知れない狐のような男、斉藤一。いい味出しています。

 

それから粋でいなせな江戸っ子御家人、伊庭八郎さんもここぞという時に顔をだします。八郎さん、いい男だねえ!伊庭八郎さんも、秋山さんのお気に入りキャラと思われます。

 

加えて、いろいろな料理が出てくるのですが、すごーく、おいしそうなのです。読んでいると、京料理を食べたくなります。

 

最後の「源さんの形見」とは何だったのか・・・。

それがわかると、涙が出ます。源さんは、鳥羽伏見の闘いで戦死していますから、第五章では、源さん抜きの話なのです。お人よしで世話好きな源さんが残した形見とは何だったのか。歳三様がその形見にかけた想いとは・・・。その謎が解かれた時、号泣です。

 

※この本のタイトルは「新選組」ではなく「新撰組」になっています。このブログではいつも通り「新選組」を使いました。

 

 

「天まであがれ!」木原敏江 秋田文庫

号泣新選組漫画。何回読み返しても、ラストで号泣。もう泣けて、泣けて・・・。

1975年、週間マーガレットに連載された作品なので、かなり昔の作品です。名匠木原敏江先生の入魂の作品。でも、連載は7ヶ月で打ち切りになり、木原先生はかなり悔しかったよう。今だったら、3年でも5年でも続けられましたよ(←渡辺多恵子さんの「風光る」を見よ!)

ちょっと時代が早すぎた、あるいは週間マーガレットの読者にはちょっと重すぎたかなあ?!木原先生自身が、新選組大好きってこともあって、気魄を感じるストーリー展開です。

 

でも少女向けですから、そりゃやっぱり乙女チックな恋愛要素も満載です。一応主人公は沖田総司です。剣の天才で、でも天真爛漫で、結核になって倒れる(ああ、なんか、沖田くんってこの3ワードで語れちゃいますねえ・・・)、歴史どおり、巷の期待通り、の描かれ方。

ここに、こより(実は由緒正しき公家の家の頼子姫)というかわいいガールフレンドがからんで、少女マンガ的にやきもき、盛り上がるのです。しかし!!新選組ですから、その先にハッピーエンドがあるわけもなく・・・。沖田くんとこよりちゃんの最後が号泣です・・・、沖田姉のおミツさんの心くばりが・・。あ~泣ける~。

 

そして、この漫画では、歳三様&沖田総司のいちゃいちゃぶりもたっぷり描かれていて(決してBL的なハナシではありません)、楽しめます~。歳三さまが、千駄ヶ谷で療養する沖田くんに最後の別れをするシーンは、もう!号泣×2倍。このシーンでの歳三様のセリフがこちら。

初めは笑顔で歳三さまを見送ろうとした沖田くんも、たまらず、やせ衰えた体で刀をひきずるようにして、「追いていっちゃいやだ!」と歳三様の背中にすがるのです。あ~、泣ける・・・。この、歳三さまと沖田くんの別れのシーンは、古今東西、テレビ、漫画、小説のオールジャンルの中で、ベスト2だと思います。(ベスト1は、テレビドラマ「新選組血風録」の別れのシーンです)

 

木原先生の描く歳三さまの格好いいこと、美しいこと。ホレボレします。そして、歳三さまにも、ちょっとロマンスが。会津藩のお姫様、容姫が、歳三さまにぞっこんほれ込むのです。この容姫さまは、実は会津藩のお姫様といっても複雑な生まれの方。しかし、容姫様の歳三さまへの気持ちは、浮ついたものではなかったのです。彼女は男装して、函館まで歳三さまについていきます。

 

「最期まで一緒に・・・」そう思い定めた容姫はもう歳三様のそばから一歩も離れません。歳三もそんな容姫を傍においていたのです。

ここらへんから、涙が再び、じわわ・・・。容姫さまに自分も思いっきり感情移入!しかし、歳三様は、容姫を最期の戦いの前に、函館から逃すので、斉藤一に頼んで・・・。「元気で生きろ」と。「今度生まれ変わったら、必ず容殿を妻にもらう」と。その歳三さまの言葉を支えに、容姫さまは、明治のその後を生きていくのです・・・。もう、ここらへんから、歳三さまが戦死するまでの間は、泣きっぱなし。

 

ここまで感動させて、読者を泣かせるのは、木原先生の気持ちがこもっているからだと思います。木原先生も描きながら自分でも泣いていたんじゃなかろうか。

新選組ファンに絶対オススメ漫画です。

 

ところで・・・。木原先生のこの漫画への並々ならぬ思い入れは、大分後の代表作「摩利と新吾」で表れます。「忍ぶれど」というエピソードに、年取った容姫さまが出てくるのです!そして容姫さまの「貫けば誠になるのです」的発言に、摩利は自分の気持ち(新吾ちゃんへの)をはっきりと認めるのです。そして容姫様が死を迎えたとき、歳三様があの世から迎えに来たのです。歳三様を、摩利と新吾は目撃・・・。木原先生は、このエピソードの中でご自分の宿願を果たされたのではないでしょうか。

 

「レトロ・ロマンサー弐 いとし壬生狼」 鳴海章

これは、歴史SFともいうべきジャンルですかね。

主人公の桃井初音さんは、古い物に触ると、その過去へ意識が飛んでしまうという、意識だけタイムトラベラーのような能力があります。彼女が新選組ゆかりの古い備忘録に触れて、幕末の池田屋に意識が飛び、松次郎という隊士(隊士というよりも見習いのような立場ですが)に憑依して、沖田総司土方歳三に会うというストーリー。

池田屋千駄ヶ谷での沖田総司の病床、箱館と、数回、初音は過去へ飛びます。そこで、沖田総司の死に様や、五稜郭での土方歳三の様子を、松次郎を通して、じかに見ることになるのです。そこに初音自身の出生の秘密も絡んできて・・・。

 

私は、一巻目を読んでいないので(新選組目当てで、二巻だけ読みました)、初音の秘密についての詳細はわからいないのですが、初音は、時空を超えて存在する「何か」の娘らしいのです。でも、まあ、そういうことを横に置いておいても、新選組ファンならけっこう楽しめますよ。

 

新選組ファンなら一度は思ったことがあるでしょう、幕末にタイムスリップして、沖田総司くんや土方歳三さまに会いたい!と。そういう願いを、初音が実現してくれるわけで、読者はそれを追体験できて楽しいのです。私たちが、もし幕末にタイムスリップしたら、こうなるんだろうなあ、と。それに、初音の存在が、幕末と現代をつなぐ役割をしていて、本格的な歴史小説にはない楽しみがありますね。

 

全体的にコミカルな本なので、それほど深刻な場面はないけれど。沖田総司の最期のシーンはけっこう泣けます。千駄ヶ谷の隠れ住まいで沖田総司は猫を撫でながらつぶやきます。

 

 

そして土方歳三様が箱館でどうなったか・・・。それを書いてしまうと、ものすごいネタバレになってしまうのでここでは伏せますが。「えっ!?」という展開になります。なぜ、土方歳三様の遺体はみつからないのか???に対する、この本ならではの答えが書かれています。まあ、ああいうエンディングを用意するあたり、歴史SF小説の自由さでしょうか。

 

「王城の守護者」司馬遼太郎 講談社文庫

いまも松平容保の怨念は東京銀行の金庫に眠っている。

 

東京銀行ということは、今の三菱UFJ銀行ということですね。

 

「王城の守護者」とは幕末、京都守護職にあたった会津藩松平容保のことです。嫌だったけど無理やり幕府の命により、幕末京都の治安維持にあたらされた会津藩。もともと松平家というのは、徳川秀忠の浮気から生まれた藩だったわけですが、徳川宗家に絶対服従という家訓だったから、断り切れなかったのですね・・・。結局幕末の混乱の中で会津藩は貧乏くじをひかされたようなもので。

 

そんな会津藩松平容保の数奇な運命を司馬さんが独特のタッチで小説にしています。容保公はとても寡黙な人で、維新後もほとんど沈黙していたから、どういう思いを抱いていたのか世の中に公にされていないし、明治時代はいろいろいいたくても、勝海舟ならともかく、賊藩とされた会津藩の松平さんとしてはいいたいことがたとえあったとしても沈黙するしかなかったでしょうね。

 

この人が亡くなってから、常時その身につけていた竹筒に、なんと孝明天皇から容保公の忠義に感謝する旨の書簡がでてきたわけです。本当は「自分たちは決して朝廷にはむかう賊軍ではない!!」っていいたかったでしょうね、容保公は。でも、死ぬまで沈黙していました。そして死後も、この大切な書簡が紛失したり、他の人に変に利用されないよう、東京銀行の金庫に預けた、ということです。

 

戊辰戦争時の会津藩の悲しみ、つらさ、うらみ、は白虎隊の悲劇をあげるまでもなく、もう涙ぬきには語れないわけですが。ふつうあんまりヒドイめにあわない藩の一番えらい人である容保公も、心に悲憤を死ぬまで抱えていたということでしょうね。この竹筒を死ぬまで身から離さなかったわけですから。

 

この本には他に幕末で活躍(?)した人々のお話も入っています。大村益次郎や、岡田以蔵など。でも圧巻はこの冒頭の「王城の守護者」です。

 

会津といえば今の福島県東日本大震災原発の影響で大変な被害に苦しみ、その苦しみは2011年から10年以上たった今でも悲しいことに続いています。でも、きっと、昔会津藩といわれた時代にその悲劇と苦しみを乗り越えてきたように、今度もきっと福島の人達がこの震災を過去のものとする日がくることを信じたいし、心からそう願います。

 

 

「土方歳三散華」広瀬仁紀 小学館文庫

アマゾンプライム岡田准一土方歳三様を演じる映画「燃えよ剣」の配信がスタートして(2022年6月22日現在)、最近土方歳三熱がぶり返している私です。

 

この「土方歳三散華」は土方歳三様の、池田屋事変後から、五稜郭で戦死するまでの生き様を描いたものです。沖田総司池田屋で血を吐いて、自分がどうも労咳らしいと気づきはじめた頃からお話が始まります。だから、はなばなしい新選組の活躍というよりも、新選組に影がさし始めて、だんだんとその影が濃くなっていく過程のお話です。

 

そんな中、歳三様は喧嘩剣法で、時代の流れに逆らい、自分のやり方を貫き、最後は五稜郭にたてこもった主要人物の中で、ただ一人戦死します。土方さんは、近藤さんの刑死を知って、そしておそらく労咳で倒れた沖田総司を思い、決して薩長の軍に降らぬ、降ることなど絶対できない!それでは土方歳三土方歳三ではなくなる!と思っていたに違いないのです。

だから、一本木の関に馬に乗って乗り込んでいくときに、「陸軍奉行並」というその時の役名ではなく、「新選組副長」という名を叫んだのだと思います。日本の有史の中で、これだけカッコイイ死に様を見せたのは、土方歳三様しかいないのではないだろうか。

 

そんな歳三様の気持ちを表したセリフがこれ。

この本は、そんな歳三様の生き様、死に様を、沖田総司との交流をからませながら、描いていきます。

総司くんは、新選組をまとめるために、誰よりも強い戦闘集団にするために、「鬼の副長」になっていく土方歳三様を、心配しつつ、気遣いつつ、それでも歳三様についていきます。

労咳で喀血した後の総司くんですから、あまり総司くんの活躍の場面は出てこないのですが、歳三様へのやさしい心くばりがたくさん出てきて、歳三様と総司くんのコンビはやっぱり絶対的だと思うわけなのです。歳三様のお話なのですが、総司くんと歳三様との強い結びつきを読むお話でもあります。

 

箱館での榎本武揚さんもなかなかいいです。歳三様の気持ちを、榎本さんはよく理解していて、おそらく死が待っていると思った最後の出撃を、榎本さんは止めなかったのです。

これが史実なのかどうかはわかりませんが、おそらく本当の榎本さんもあえて土方さんを止めなかったのではないかと私は思います。

 

とにかく、ひたすら、土方歳三様がかっこいい!しびれる!そういう作品です。