幕末の長州藩の狂騒たるや、小説でもこういうわけにはいかないというほど、変化に富んでいて、ドラマティックで、登場人物たちが激情家ばかりで、藩まるごと発狂したとしか思えないような展開です。でも、その発狂のおかげで、日本は明治維新へと向かい、近代国家へと発展していくわけです。
私は新選組のファンですが、日本が西洋国の植民地にならずに近代独立国家として立っていくためには、やっぱり徳川幕府はいずれは倒さなくてはいけなかっただろうと思っています。幕末の長州藩の狂乱状態は、維新に向かうエネルギー源となったという意味で、すごく興味深いです。
この「世に棲む日々」は、幕末の長州で何が起こったのかを克明に描き出していて、これを読めば長州の幕末史はばっちりです。長州の発狂の嵐の中核が、吉田松陰とその弟子たち、特に高杉晋作。もう、劇的としかいいようがない登場人物なのです。革命的浪漫主義者とでもいいますか。
この小説は文庫文4冊ですが、前半2冊は、この吉田松陰というまったくエゴのない、ひたすら世のため人のため自分の命をかけた人物の短い生涯を描きだしていて、後半2冊は松陰刑死後、猛奮発して長州藩まるごとを倒幕・維新へのひっぱっていく高杉晋作を中心に書かれています。
どうして、幕末の日本に、これだけ、ちょうどよく、ちょうどよいタイミングで、必要な人物が出てきたのか・・・天の配剤としかいいようがない気がします。ある意味、坂本竜馬もそうだけど。竜馬も薩長同盟と大政奉還を実現するために使命を与えられて、それが終了したら、さっさとこの世から消えてしまいましたから。松陰も晋作も、自分の使命というか役回りを演じた後、どちらも30歳前後でこの世から去ってしまいました。だから、司馬さんはこの本のタイトルを「世に棲む」としたのだと思います。
高杉晋作はかなりのハチャメチャな人物で、もし長生きして、明治政府の重要ポジションについたら、きっとお金を公私混同に使ってとんでもないことをしたような気がします・・・(笑)。実際、晋作の弟分の井上馨は生き延びて明治政府の重鎮となったけれど、かなりあくどい金儲け、使い込みをやっているのです。だから、ちょうどいいタイミングで、天は晋作をこの世から引き上げさせたのかもしれないなあ。
でも、憎めないのです、晋作さん。ふだんはハチャメチャでも、ここぞ!という時には1人でも敵に斬り込もうとするし、少人数で幕府側に闘いを挑んでみごと長州を倒幕へとつき動かしていくし、カッコよすぎるのです。高杉晋作を表現した言葉がこれ。
この本を読んだ誰もが、晋作さんを憎めないと思います。高杉晋作の魅力を堪能できる作品です。
吉田松陰と高杉晋作の熱い血のたぎり、幕末の長州藩の狂騒、沸騰するような時勢・・・読んでいる私達に、あの時代の熱量を伝えてくれる傑作です。
ところで晋作さんの死因は結核。新選組の沖田総司も結核で死んだし、長州の桂小五郎も明治維新後まで生きたけれど結核だったし。結核に命を奪われた人たちが幕末は多かったのですねえ。