うさぎの時代庵

時代小説、時代劇の作品感想を書いています。司馬遼太郎、海音寺潮五郎作品が大好き。新選組、幕末物が大好き。

「箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録」 富樫倫太郎 中公文庫

富樫さんは土方歳三さまを題材にした小説を数冊書いていますが、この「箱館売ります」が一番面白いと思います。特に、土方歳三様好きなら、魂が揺さぶられます。読後感がすごくいい。

 

土方歳三様が主人公ではないのですが、副主人公くらいの位置づけなのですが、でも、やっぱり、物語の中心なのです。土方歳三という男の在り方、精神が、この物語のキモになっているのです。

 

実際にあったガルトネル開墾条約事件という、箱館の土地をプロシア、影にいるロシアが、買いとろうとする事件で、これに、箱館政府と、官軍側と、そして箱館の人達が、それぞれの信念と思惑で、サポートしようとしたり、阻止しようとしたり。それは、幕府側とか官軍側とか、そういう単純な区切りで終わる話ではないのです。函館戦争は、幕府軍と官軍が戦い、土方歳三様が華々しく戦って・・・っていう語りになる小説が多いですが、この本は違います。視点がオリジナル。感心しました。

 

歳三様好きに嬉しいのは、物語の進行の中で、歳三様のエピソードがちらちらと垣間見れて、それが嬉しいのです。歳三様が主人公の物語よりも、かえって、歳三様のリアルな像が見れて、ツボです。

たとえば・・・

 

歳三様が食事をとても優雅にする、お米を一粒も残さないこと、とか。

歳三様が小者にすごくやさしいこと、とか。

歳三様が箱館にまで石田散薬を持ってきれ、怪我した者に配っていること、とか。

箱館では女も酒も遠ざけて、時間があると馬で遠乗りしていること、とか。

歳三様が市村鉄之助を一緒に馬に乗せて駆ける、とか。

歳三様の鉄之助へのいたわり、とか。

 

歳三様好きには、胸がきゅんとするシーンが散りばめられていて。

でも、それだけでなく、歳三様の新選組や、近藤さんや沖田くんへの想いや、京都での日々の話も垣間見れて、とても切なく、とてもかっこいい。そう、富樫さんの描く歳三様はすっごく粋でかっこいいのです!

もちろん、戦闘シーンもありまして、歳三様の軍神ぶりも如何なく発揮されております。

土方歳三様好きの人には、この本、絶対的おススメです。

 

歳三様の死生観を表している名セリフがありまして。

この歳三様の言葉を聞いて、小姓の市村鉄之助は感動で一杯になります。

 

涙が出て仕方がない。

なぜ、そんなに涙が溢れてくるのかわからない。

ただ、自分が仕えているこの不器用な男のことを好きで好きでたまらないと思うだけだ。

(土方先生と一緒に死にたい)

そういう熱烈な思いが鉄之助の胸一杯に満ちている。その思いが苦しいほどであり、言葉を発することができなかったのである。

 

市村鉄之助の歳三様との日々は強烈すぎたのかもしれません。彼は維新後、西南戦争に飛び込み、戦死したのでした。

 

榎本武揚さんもすごくいいですよ。おそらく、本当に、こういう人だったんじゃないかなあ。榎本さんと歳三様の最後の会話はじーんときます。

 

あと、歳三様の白いスカーフ。歳三様が白いスカーフをしているのですが。これがですねえ。すごく効いているのです。

読み終わるのが惜しくなるような、いいお話でした。