うさぎの時代庵

時代小説、時代劇の作品感想を書いています。司馬遼太郎、海音寺潮五郎作品が大好き。新選組、幕末物が大好き。

「死ぬことと見つけたり」隆慶一郎 新潮社

この本は未完です。隆慶一郎先生はロマンティック伝奇時代小説ともいうべき、独特の時代小説をたくさん残した時代小説作家。でも、この作品は隆先生がおそらく最も心を入れて書いたと私は勝手に思っています。

未完であっても、その魅力が損なわれることはありません!「死ぬことと見つけたり」は隆先生の魅力のすべてが詰まった渾身の作品です。私は隆慶一郎先生の作品はほとんど読みました。読んだ中でも、この作品が一番好きです、たとえ未完であっても。

 

この本はタイトルからしていい。

死ぬことと見つけたり」は、佐賀の武士道バイブル「葉隠」の「武士道とは死ぬことと見つけたり」というフレーズから取ったもの。隆先生が太平洋戦争中に軍隊で読んだ「葉隠」は決して堅苦しい内容ではなく、エンターティンメート作品だったそうです。そういう面白い「葉隠」を映した時代小説を描こうしたそうです。

 

主人公の斉藤杢之助(もくのすけ)はいわゆる浪人者。浪人者だが佐賀藩主に対して忠誠を誓い、佐賀藩主もそれを知っています。お家騒動があれば、彼は身を捨てて、武士の中の武士として活動します。だから毎日「死ぬことと見つけたり」なのです。武士は一瞬の後に死ぬことを常時覚悟していなければならない。いわば武士は死人である。既に死人だからこそ、平静に死を見つめ迎えることが出来る。そうでなくては先頭のプロとはいえない。そういう理屈で杢之助の毎日は「死ぬことと見つけたり」なわけです。

 

時代としては江戸時代初期。徳川家光の時代です。杢之助の毎日は、恋あり、愛あり、人情あり、友情あり、忠誠あり、闘いあり、エンターテイメントのダイゴミ的要素がすべて注入されています。途中島原の乱あり、世継ぎ騒動あり、もうてんこ盛り。310ページを一気に読ませます。

さあ、そしてどうなるの!?というところで未完。残念です。

でも、あとがきで、隆先生が病室で最後まで書いていたというこの本のエンディングの構想が紹介されているので、だいたいどういう形で終わるのかがわかるようになっています。未完であっても、読む価値絶対あります!

 

杢之助はロマンチストな隆先生が「男はこうあれ」「武士はこうあれ」と願ったそのままの姿を映しだしていて、まさに隆的ヒーローここにあり!という感じ。この一作を読まずして、隆慶一郎を語ることはできず。そういう作品なのです。