海音寺先生の幕末テーマの史伝。有名どころからちょっとマイナーな方まで、幕末に活躍・暗躍した人たちをとりあげている史伝集。海音寺先生は素晴らしい小説も書かれますが、史伝は本当に筆が際立っていると思います。綿密な文献調査に基づき、作家としての推察も加え、幕末という時代を知るには欠かせない、読み応えのある作品になっています。
寺田屋事件の「おいごと刺せ!」のセリフが有名な有馬新七、新選組を結果的に作っちゃった清川八郎、最期が超お気の毒な小栗さんなど。史実をていねいに解説しながら、海音寺先生の見解も述べられていて、海音寺先生の真骨頂ともいうべき短編集。幕末ファン必読の書です。
どの編も素晴らしいのですが。私の一押しはやっぱり「武市半平太」ですね。土佐藩出身で、坂本竜馬の友達で、日本を変えていこうという回天の思想を持っていたのですが。この人は岡田以蔵を人斬りとして使い倒したイメージがあって、そして最期は見捨てたと思うので、私はどうも好きにはなれなかったのですが。この人のパッション、藩をあげての尊皇攘夷への情熱には感服します。幕末に尊皇攘夷、公武合体、攘夷なしの尊皇、と日本の政治はふらふらと揺れうごき、何人もの人々が犠牲になったのですが、武市さんもその一人だったといえましょう。
目的のために手段を選ばぬ、という考え方もありますが。特に非常時はそうなのだ、ということもあるでしょうが。武市さんが幕末の京都で暗殺集団の親玉みたいになってしまったことは、とても哀しく。人斬り以蔵のような人物を生み出してしまったことも、とても哀しく。幕末、暗殺を行った人物あるいは主導した人物は、結局維新後生き残った人はほとんどおらず、生き残っていた桐野利秋(中村半次郎)も結局西南戦争で命を落としたことを考えると、人を殺めた者の末路は哀しいものといわざるをえないのです・・・。
海音寺先生も、武市さんは幕末の一流の人物なのに、暗殺集団の親玉みたいになってしまうなんて、武市さんのために惜しむ、と書いています。
こう、海音寺先生は、武市さんが京都で変わっていく過程を惜しみつつ、書いています。
幕末という時世が沸騰したようなあの頃。多くの人が、その沸騰した時代の中に飛び込み、翻弄され、流されていきました。武市さんもその一人だったといえましょう。