うさぎの時代庵

時代小説、時代劇の作品感想を書いています。司馬遼太郎、海音寺潮五郎作品が大好き。新選組、幕末物が大好き。

「土方歳三無頼控 六 バラガキ・旅立」「土方歳三無頼控 五 バラガキ・苦悩」潮美瑶 文芸社

土方歳三無頼控、六巻で一応終わりのようです。六巻で、土方歳三たちは、京都へ旅立ちます。京都へ旅立った後は「新選組」として忙しい日々が始まりますから、謎解きをしている暇は歳三様にはなくなりますから、ここで「無頼控」はエンドということなのでしょうね。

 

五巻では歳三様の若い頃の色恋ざたが関係してくる「横恋慕」、芳春先生大活躍の「巧名」、そして山南敬助の「弱さ」と「過去」が浮き彫りになる「血闘」の3つの作品が含まれています。相変わらず半七捕物帳のような江戸風謎解きの面白さが楽しめます。それとこのシリーズ独特のブラックさも健在ですね。おどろおどろしいというか。人間の内面の怖さにぞっとするというか。

 

謎解きに奔走する歳三様と沖田総司くんのコンビも健在なのですが、時々、「不機嫌な柴犬のような」斉藤一もついてきます。ただ、五巻からは、あまり、歳三様と総司くんの絡みがなかったなあ。会話が多くなかったというか。いえ、試衛館のメンバーの中では、歳三様のことを一番慕って、その心情をよくわかっているのは総司くんなのですよ。ただ、二人だけのシーンや会話が前の巻よりも少なくなっていて、歳三&総司コンビが大好きな私にはちょっと残念でした。

 

五巻では、「血闘」にあの伊東甲子太郎が出てきました。あの人は江戸で道場開いていましたし、山南さんと藤堂くんと同じ流派ですから、まあ、江戸時代に、試衛館と交流が少しあったとしても、完全フィクションではないかもしれません。

「血闘」は、山南さんの仙台時代の過去や、伊東さんとの関わり、そして山南さんの優しすぎる心が、メインテーマ。つまり、山南さんの章といっても過言ではありません。山南さんの優しさがいつか命とりになる時がくるのではないか?歳三様はそう懸念します。京都での山南さんの行き先を暗示したお話になっています。読んだ後に、なんだかしんみりしちゃいます。

 

そして六巻で、土方さん達、京都へ旅立ちます。

沖田総司くんは、京都に旅立った時、まだ二十歳だったのねえ・・・。

 

最終話は「虎徹」です。近藤勇さんがどのようにして虎徹を手にいれたか、というお話をミステリー仕立てで書いています。虎徹は名刀ですから、ふつうならば近藤さんが支払える代金ではないのですが、どうやって虎徹を手に入れたのか。司馬遼太郎さんは、虎徹について名作「新選組血風録」で書いていますが、潮美さんはこの本で味わいの異なるストーリーを展開しています。

 

このお話の中で、歳三様と芳春の別れ方が抜群によかったです。歳三様は、京に旅立つことを芳春に直接告げようとしません。「さよなら」も言いません。歳三様は芳春を憎からず思っているわけですが、京に旅立つにあたり、あえて、彼女に何も言いません。「待っていれくれ」と言えるわけもありません。京都に男としての仕事が待っています。命をかけるつもりでいます。「幸せになってくれ」と言えるほどの思いきりもありません。そんな気持ちを、傍で沖田総司くんはよくわかっていて、黙って見守っています。芳春も「どうして別れの挨拶くらいしてくれないのですか?」なんて、言いません。芳春は歳三様の志をよく理解していて、そのために役立ちたいと思いこそすれ、足枷や迷惑になど絶対になりたくありません。そして、自分も医者としての天命に生きています。だから、京に旅立つに当たり、二人は何も言葉を交わしません。これが、いかにも、いかにも、歳三様と芳春らしく、こうでなくっちゃね、という二人であり、すごくよかったです。

 

ですが、芳春、タダモノではありません。京都のいる叔父のもとへ、彼女もまた旅立つのです。歳三様には何も告げずに。

 

このシリーズ、文京区・台東区の地名がたくさん出てきて、文京区民の私にとっては、これもこのシリーズを読む楽しみの一つ。今回も湯島天神の梅がいい味だしていました。あそこは私も毎春梅を楽しみに訪れるスポット。本当に歳三様も湯島天神の梅を見たのかもしれない、と思いながら読むのも、また一興。それからこのシリーズを読むと、蕎麦屋へ行って、天麩羅蕎麦を食べたくなります、無性に。

 

京で剣を振り回す新選組以前の、歳三様たちの江戸での日々を、これだけ面白おかしく描いた作品は今までなかったと思います。潮美先生に「あっぱれ」と賛辞を送りたいです。