海音寺さんといえば、西郷隆盛。私の中ではそういうイメージです。この本は海音寺さんの歴史上の人物に対する考えとか、自分の創作についてのお話、それに故郷、薩摩への思いを集めた短編集です。
海音寺さんはこの本の中で一章を割いて、「大西郷そのほか」というタイトルで8編を納めています。特に「西郷隆盛とぼく」という短編は、海音寺さんが西郷さんの伝記を書き始める前に、なぜ、自分が西郷さんを好きなのか、なぜ西郷さんのことを書くのか、という西郷さんへの思いがぐっと詰まっている作品です。
その短編の書き始めが「ぼくは先祖代々の薩摩人で・・・」であり、ホント、海音寺さん、「薩摩」が好きだなあ、と冒頭より薩摩愛がまぶしいのです。海音寺さんが子供の頃は西南戦争生き残りの人達がまだたくさん生きていて、そういう人たちから西南戦争の話を聞いて育ったそうです。「西南戦争の話はぼくの『イリヤッド』であり、西郷の話は『オデッセイ』であった」と、書いています。
そんな海音寺さんは、世の中に溢れる西郷さんの伝記が気に入らず(昭和42年当時で西郷さんの伝記は既に150以上あったそうです)、西郷さんという人を正しく伝えていないと不満で、自分の西郷感に基づき、西郷隆盛を書こうと思ったそうです。もう、文章のあちこちから海音寺さんの西郷さんへの愛が香り立ってくるのです。後半の「薩摩人気質」という短編と合わせて読むと、この西郷さんの話は一層面白いと思います。
もちろん、西郷さんの話だけでなく、他の章も面白いです。「武将雑感」という章では「武将列伝」を彷彿とさせるように、毛利元就や上杉謙信や北条時宗という武将たちのプチ史伝も盛り込まれています。
その中に豊臣秀吉の短編も幾つか入っていて、「秀吉はさびしい人」という短編を読むと、一代の英雄であった豊臣秀吉の、まさに一代の成り上がり出世だった故の孤独、周囲に自分以上に有能な者がいない不安、家族ごっこを大げさなほど繰り広げた切なさ、みたいなものがよくわかります。
2016年NHK大河の「真田丸」における秀吉像とすごく一致していて、もしかして脚本を書いた三谷幸喜さんは海音寺さんのこの短編読んだのか??と思うくらい、ドラマの中の秀吉そのままの話でした。