うさぎの時代庵

時代小説、時代劇の作品感想を書いています。司馬遼太郎、海音寺潮五郎作品が大好き。新選組、幕末物が大好き。

「十一番目の志士」司馬遼太郎 文春文庫(上・下)

天堂晋助という長州藩の人斬りが主人公の幕末時代小説。

この晋助さんは、実在の人物ではありません。この小説を読んでいると、まるで晋助さんが実際に存在したような書き方で、司馬さんの術中にはまってしまいますが、全くの架空の人物。高杉晋作と知り合ったことにより、高杉の指令を受けて動く人斬りとなり、高杉の死と共に自分の居場所を失う。晋助さんは実在はしなかったけれど、おそらくこういう人はいただろうという、いわば幕末長州藩の人斬りの象徴のような人物なのでした。

 

この晋助さんが、もう、大変な女好きで(笑)。そこら中で女性に手をつけ、一緒に寝ることでしか女性とコミュニケーションできないような人でして。私は途中まで一体何人の女性が晋助さんに関わってくるのか数えていたけれど、5人数えたところでやめました・・・。あまりにも多くの女性が登場するので、ものすごくいろいろなタイプの女性が出てきて、その誰もがみな、晋助さんに抱かれると大人しくなって言うとおりになっちゃうところが、なかなか笑えます。司馬さんは、この手の女性の絡ませ方が好きですね~。しかし、そんな晋助にも、これぞという女性が登場してくるところが、これもまた司馬さんらしい展開です。

 

まあ、晋助さんの女性遍歴をたどっていくのも楽しいですが、この小説にはもっと面白いところがあります。それは、高杉晋作の飄々とした姿と、時々出てくる新選組、特に土方歳三さまのニヒルな姿です。

司馬さんの「世に棲む日々」での高杉晋作は、ちょっと悲壮感があったけれど、この小説の中の高杉といったら、もうハチャメチャで(笑)。でも、こっちの高杉のほうがリアルで楽しい。私は好きですねえ。第一、高杉と晋助が知り合う冒頭のシーンからして、ハチャメチャなのですよ、もう。

 

そして、新選組ファンとしては、この小説の中に脇役としてちらちら登場する新選組隊士たちの活躍を追うのも楽しいです。布の裏側から、新選組の動きを見ているようで。特に土方歳三さまは、策謀好きの戦略家(その通りだったかもしれないけど)として描かれ、大捕物の最中に楊枝を削っている歳三さまというシーンがすごくいいのです。ここらへんの描写は、やっぱり、司馬さん、うまいなあ~と感心します。

 

新選組と自分が一応属する長州の奇兵隊を比較して、晋助は、「似ている」と思うのです。しかし、一方で決定的に何かが違うとも思います。新選組尊王は、あくまでも幕藩体制下でのもので、奇兵隊尊王には幕府はなく、ただ一君万乗の世であると。だから、晋助は思うのです。「新選組はみずからを志士と称しているが決して志士ではない」と。そうなると、もう晋助にとっては斬るしかないのでした。

 

この小説の最後は、高杉の死後、高杉の愛人のおうのさんを無理やり髪を切って尼にするシーンで終わります。高杉を失った晋助は、おうのと自分がよく似ていると思うのです。高杉を亡くした今、晋助という存在そのものも意味を失ったと思えるのです。司馬さんの筆は唐突に終わり、晋助のその後については一切触れられません。しかし、晋助が平穏無事に維新を迎え明治の世を生きたとは、とても思えないのです。

 

幕末という狂乱の時代にしか生きられない男。激動の時代の波が創った男。それが晋助であり、晋助に象徴される多くの人斬りと呼ばれた人々の姿だったのかなと思います。