「戦雲の夢」で長宗我部盛親を紹介しましたので、お祖父さんに当たる長宗我部元親のお話も紹介したいと思います。「戦雲の夢」に続き、この「夏草の賦」も私の中では司馬遼太郎作品ベスト5に入っています。
土佐の長曾我部元親の一生を描いた作品です。土佐の傍らから芽吹いた野望の男、元親が、四国を支配するまでの策謀と闘いの前半生。そしてその後、織田信長、豊臣秀吉という天下人にとって、半生の業績を無にされ、すべてを空しくした後半生。前半と後半でこれだけ落差がある戦国大名も珍しいと思います。
おそらく、豊臣秀吉が天下をとった時点が頂点で、そこからは降下するばかりだった元親の人生だったと思います。最後に、元親は妻を失い、長男を失い、もうどうにでもなれ、という気持ちになり、世を終えます。男の人生とは何なのか、男の情熱とは?という、問いに対する一つの答えのような小説です。
でも、暗いばかりではありません。何といっても、この本の中では、元親の妻、菜々の活躍が楽しいです。フツーの戦国武将の妻ではないのだなあ、彼女。前半は、元親ではなく、この菜々ちゃんが主役のような気がします。だから、女性が読んでもとっても楽しいお話なのです。
お転婆で好奇心旺盛な娘、菜々ちゃんが近畿から四国という、当時は鬼が住むといわれたお国に嫁してきて、大騒ぎ。司馬さんの筆が生き生きとしています。ちなみに、この菜々ちゃん、明智光秀の右腕の部下、斉藤内蔵助の妹です。
しかし、後半、天下取りから脱落した、というか、天下まで目も頭も回らなかった元親は、天下人となった織田信長、特に豊臣秀吉によって人生を狂わされ、自分の力だけではどうにもならない時代の波にのまれていきます。だから、タイトルが「夏草の賦」。うまいタイトルを司馬さんつけたものです。
でも、司馬さんは、最後まで、愛情深いタッチで、元親を見守り描いていくので、読み終えた後、空しさと同時に、1人の男の生き様に感動します。
お祖父さんと孫の二人それぞれについて長編小説を書くとは、司馬さんは、この長曾我部一族が結構好きだったのではないだろうか。