うさぎの時代庵

時代小説、時代劇の作品感想を書いています。司馬遼太郎、海音寺潮五郎作品が大好き。新選組、幕末物が大好き。

柳広司「ダブル・ジョーカー」角川書店

ジョーカー・ゲーム」の続編。

ジョーカー・ゲーム」は第二次世界大戦直前、日本が中国との戦争を始めた頃の出来事を描いたスパイ小説。日本陸軍の異端的機関、D機関。いわゆるスパイ養成学校。このD機関のスパイたちの暗躍を描いた作品でした。D機関を率いるスパイの天才のような人が結城中佐で、この人のキャラが強烈でしたねえ。冷血、冷徹であることを求められるスパイ達。金も名誉も愛も縁がない。そういうスパイとしての生き方に、情熱を燃やすのはなぜか?スリル?プライド?使命感?しかたなく?そういうスパイの本質に迫るという楽しみも、このジョーカー・シリーズにはありますね。

 

「ダブル・ジョーカー」も前作と同様、とても面白かったです。私は登場キャラの中では結城中佐が一番好きです。今回、結城中佐の登場シーンが前作に比べ少なかった事がちょっと残念。ただ「柩」の中で、結城中佐が左腕を失った経緯が描かれています。

 

これを読むと、結城中佐がなぜそこまでスパイ活動にいれこんでいたのか、左腕を失っても冷静に行動するような胆力はいったいどこから来ているのか、そもそも彼はなぜ日本陸軍の欠点や限界を知っていながら陸軍にいつづけ、陸軍に裏切られながらも、なおスパイ活動を続けるのか、根本的な疑問がどんどん浮かんできます。

結城中佐が設立したスパイ組織D機関のメンバーたちは、自分たちのありあまる頭のよさを燃焼しつくす、ほかの誰にもなしえないことをなしてやる、というハイプライドと一生をかけるに値するスリルと自己陶酔のために、スパイを続けているとなっていますが。結城中佐自身はどうなのでしょう??「柩」の中で登場した過去の彼はもう既にスパイなので、その前はどうなのでしょうか?

 

太平洋戦争開戦前の、重々しい黒雲が世界を覆っている状況で、結城中佐は何を目指してスパイ活動をしているのでしょう?普通に考えれば、日本が戦争に勝つため、日本の国益を守るため、ということなのでしょうが。一応結城さん、日本陸軍に属しているのだから。それとも逆に戦争を回避するためだったのでしょうか。しかし、そんな単純な動機でもなさそうな。第一、日本陸軍に対してずいぶん冷めた目で見ているようだし。謎が謎を呼ぶ結城中佐です。

 

最後の「ブラックバード」で、とうとう日本の真珠湾攻撃が起こります。これで太平洋戦争が始まってしまうので、もし結城中佐の目的が戦争回避だとしたら、それは果たせなかったわけです。もし戦争勝利だったとしたら、それは無理だと、結城中佐の頭であればわかっていたはずです。それともスパイ活動そのものに生きがいを見出していたのでしょうか。

シリーズ三冊目の「パラダイス・ロスト」で、もしかして結城中佐の正体ってこのヒト!?っていう、結城さんの過去をわかるかも??という短編が入っていますが。でも、やっぱり、結城さんは謎に包まれたままです。

 

前作も思ったけれど、ジョーカー・シリーズは他に類をみないスパイ小説だと思います。他のスパイ小説は対立国家間の話で、母国のためにとか平和のためにとか、戦争勝利のためにとかテロを防ぐためにとか、主人公の目的がはっきりしています。結城中佐はどうもその目的意識が読者側によくわからない。本人が語るシーンってほとんどないし。とってもミステリアス。そこが結城中佐の魅力ですね。

 

それからこのジョーカー・シリーズの人気は、表紙イラストを描いている森美夏さんのおかげもけっこうあると思います。引き込まれる軍服姿の男・・・。いやあ、表紙って大切ですねえ。