うさぎの時代庵

時代小説、時代劇の作品感想を書いています。司馬遼太郎、海音寺潮五郎作品が大好き。新選組、幕末物が大好き。

「出星前夜」 飯嶋和一 小学館

とにかく寝るのも忘れて、途中で頁を繰る手を止めることもできず、エンディングまで一気に読んでしまった本でした。

まずタイトルが気になりました。「出征前夜」だったらわかるけど、「出星(しゅっせい)」って?その意味は最後にわかります。ふかあ~い感動を呼ぶ本でした。

 

飯嶋さんの本は初めて読みますが、この方相当な下調べをしてますね。この本は江戸時代、徳川家光の時代に起こった島原の乱のお話なのですが、天草四郎が主役ではないのです。むしろ、島原の乱のきっかけを作りながら、めぐりめぐって医者として一生を終えた寿安さんのお話であり、死ぬことよりも、生きることを選んだ者の結末を描いたものです。

 

私たちが歴史の教科書で習う島原の乱が、実は天草、島原一体の虐げられた人々のやむにやまれぬ蜂起であり、単にキリスト教を守るために闘った宗教戦争ではなく、島原の乱を起こした人々の中にも、いろいろな事情を抱え、いろいろな結末を持った人々がいた、もっと複雑な事情があった、ということをフィクション、ノンフィクション取り混ぜながら、丁寧に描き出しています。

寿安さんのこのセリフが胸に響きます。

21世紀の今でも政治家たちによーく聞いてもらいたい言葉ですね・・・。

 

読んでいて、涙が止まらなくなるシーンが幾つも出てきますが、飯嶋さんは、あまり感情的にならず、静かに文章を重ねていきます。

最後の最後に、この本のタイトル、「出星前夜」の意味が、その言葉にとてもとても深い意味があることがわかり、読み終えたら、きっと、北斗七星を仰ぎ見たくなることでしょう。

 

領主の圧制と無抵抗な大人たちと世の中に怒りと絶望を抱えた青年、寿安さんが、支配者に対して血をもって抵抗を始めた後、その怒りの炎が島原の乱へと炎上していく過程で、その炎から故あってはじき出された寿安さんを、見守って、導いたものは、何だったのか。誰だったのか。出星の前夜が、すべてを知っているのです。読み終わって本を閉じた後、しばらく無言でたたずむしかない。そんな本なのです。

 

うさぎとしては、「天草四郎」に昔からとても興味があって、でも、天草四郎を完璧に描いていると思う本に今まで出会ったことがなく。なぜ十代の少年が幾千という人々を率いて江戸幕府(というか島原一体の支配者)に対し闘いをいどみ、そしてほぼ全員が死ぬことを受け入れるところへ導いたのか、それはキリスト教でいう殉教という言葉でひとくくりにできるのか?と長い間疑問に思っていました。もしかして答えに近いか?と思ったのは隆慶一郎の時代小説「死ぬこととみつけたり」の冒頭で、島原の乱が描かれていて、天草四郎の役目が何であったのかを隆さんなりの解釈で書いてあったけれど、それかな?と思ったけれど。この本を読んで、また違う天草四郎像が浮かびました。(もっともこの本の中では、ジェロニモ四郎と書かれています。)