うさぎの時代庵

時代小説、時代劇の作品感想を書いています。司馬遼太郎、海音寺潮五郎作品が大好き。新選組、幕末物が大好き。

「田原坂」海音寺潮五郎 文春文庫

西南戦争についての小説集。もう、この本ほど、当時の薩摩の実情、人々の気持ちを表現しえた本があるだろうか!?いや、ない!と、私は思います。もう、涙なしには読めませんよ、この本は。西南戦争に関する時代小説の中ではナンバー1!だと思います。

 

この本の中には辺見十郎太は出てくるけれど、ほとんどは西郷軍の幹部以外の普通の薩摩隼人たちを主人公にしています。

ふっと笑ってしまう話もあるし、切なくてたまらない話もあるし、号泣の話もあります。鹿児島出身、薩摩をこよなく愛した海音寺先生でなくては書けないような、西南戦争当時の薩摩のリアルなお話。読んでいて、西南戦争当時の薩摩にいるような臨場感を感じさせます。西南戦争の話を古老からオデッセイのように聞いて育ったという海音寺先生ならではの活写ぶりです。

 

この本を読んでいると、西南戦争はなんと切ない戦争だったのだか・・・と考えさせられます。西郷さんの正義を薩摩の人々は信じ、自分たちを賊軍などと思ったことは一度もなかったのでしょう。一方で家族や親戚や友人同士が、西郷軍と政府軍に分かれ、戦わなければいけなかった事実に、戦争に正義はないとも思えます。

 

この本の最後に掲載されている「田原坂」の主人公が、戦争を生き残って田原坂の地に再び立ったときの言葉がこれ。

命を散らす戦争に正義なんてない。西郷軍にも、政府軍にもない。これは海音寺先生の気持ちでもあったのではないでしょうか。

 

一番泣いちゃう作品が「柚木父子」です。薩摩ならではの悲劇なのです。親と息子が、薩摩側と官軍側に分かれて対峙することなってしまいます・・・。しかし、二人は薩摩隼人なのです。薩摩隼人であることを誇りとしているがゆえに、悲劇が起こります・・・。でも、ここに書かれている事は実際にも当時の薩摩で起こったのだろうなあと想像します。

戦争の悲劇を語った小説集だけれど、海音寺先生の一番のメッセージは「生きる」ということだったと思います。

海音寺先生の作品の中で、私はこの本が一番好きです。